
ADTIME運営者|スポーツと人生設計の伴走者
高校では文武両道を貫き、全国大会へ出場。有名大学に現役合格後は競技転向を経て体育会で活動していました。燃え尽き症候群に直面し、競技という「軸」を失った経験から、夢の後の人生設計の重要性を実感。そこからファイナンシャル・プランナーの道へ進みました。
現在は簿記・FP2級を取得済み。今年中にFP1級取得を目指しながら、競技に打ち込んだ学生や元アスリートの人生とお金の選択肢を広げるべく、情報発信と学びを続けています。
競技をやめても人生は続きます。
「夢が醒めてからが、本当の勝負」
このブログ『ADTIME』では、自分の経験や学びをもとに、競技の先にある”新しい挑戦”を応援します。
ep.0 絶望と空っぽ

ーー全てが終わった瞬間、僕の胸には爽やかな風が吹き抜けた。
ずっと忘れていた外界の風は、まだ新鮮な芝の香りを乗せていた。もうこの香りを嗅ぐことはないのだと思うと、少し嬉しくて、少し寂しかった。
黄昏時のスタジアムを照らす夕日が僕の胸の中にも入り込む。3年間過ごしていた暗闇に明かりが注いだことで、僕はようやく終わりを悟ったのだ。
観客席に響き渡る敵チームの声援と喜びの雄たけび。それを聞いて湧きあがったのは悔しさではなく、人生で感じたことがない達成感だった。
ただ、悔しいだとかやり切っただとか、感情だけが先行して負けた実感はない。
『ほら、整列』
キャプテンの声が響く。僕は指示に従って整列し、相手チームを称える。そしてそのまま観客席に向かって挨拶をしに行った。
『ありがとうございました!』
『ありがとうございました!』
全員で一礼した瞬間、まるで魔法が溶けたみたいに仲間がうなだれる。芝生に膝をついて立ち上がれない者もいた。
ただ、僕は膝をつく気にもなれずその場に立ち尽くす。芝に頭を垂れる仲間が徐々に西日に染まっていく様子を見て、3年間の戦いが走馬灯の如く頭を巡った。
細かい後悔を挙げればきりがない。けど、自らに課した目標は全て達成した。
これでやっと全部最初から始めることができる。そのためには、僕だけが年明けから始まる受験戦争に赴く必要があるけども。
『ほら、早く監督のところに行こう』
もう一度、飽きるぐらい聞いたキャプテンの声が響く。
『帰ったら勉強かな』
そんなことを小さく独り言ちて、僕は13年間戦い続けたフィールドに背を向けた。
ーーこれで終わりにしよう。
そういう決意も込めて、誰よりも長く深く頭を下げる。恨みと感謝を込めた今生の別れ。
『おい、はやくロッカールーム行くぞ』
『ごめん。ごめん』
最後に見上げた電光掲示板には、僕らの名前と得点が刻まれている。夕日に輝く掲示板に載った得点を見て、僕はようやく負けた実感を得た。
ーー引退か。
徐々に霞んでく青春の芝に別れを告げて、小走りでロッカールームを目指した。
ーー
これがさらなる暗闇への最初の一歩になることを、当時高校3年生だった僕は知る由もなかった。

はい。すいません。すいません。導入はこのぐらいにしておきましょう(笑)
僕はなんやかんや受験戦争でも目標を達成し、大学入学前に選択の時がやってきます。アイデンティティを捨てるのか、否。
ーーもっと新しいことがやってみたくて。
ーーもっと違う世界を見て見たくて。
誰もが手放すなと言った大事なアイデンティティを、僕は自ら手放すことにしました。
空っぽになった僕の中に何を入れようか。
きっと感じたことない幸福や希望が入るんだ。
そんな風に楽観視していたのに、手放す行為には痛みが伴いました。それはきっと開いた扉をもう一度縫い付ける痛みだったのです。
僕の中には何かが入ることもなく空っぽのまま。ただ『無』が続く日々。
自分で言うのもなんですが、あれだけ頑張り屋だった自分が、たくさんのことを成し遂げた自分が廃人になってしまったのです。
しばらく時は過ぎ、自分が『燃え尽き症候群』に陥っていることを悟りました。
グラウンドを彷徨う亡霊のように辛うじて他競技へ舞い戻った私でしたが、元の自分として戦うことは不可能でした。
それでも尚、新たな戦い方を身に着けて4年間やり切った私でしたが、大学を卒業する前に気づくのです。
『このまま空っぽのままでいいのだろうか』
『燃えカスになった自分が、何者かになれるのだろうか』
そして全部が終わってから儀式を経て、もう一度立ち上がったのが今の自分です。
1.当サイトを始めたきっかけ

孫ぐらい小さな体験でも価値を見出すことができればオリジナリティが生まれる【村上春樹さんより】
幸福や不幸は、客観視してしまうほど価値を失います。
自分にとっては苦しいことも、人にとってはなんてことなくて。
自分が幸福に思っていることも、他の人にとっては当たり前で。
そうやって客観視されて見過ごされる悩みが世の中にはたくさんある。
将来の悩みとか、部活での悩みとか、スポーツとの向き合い方とか。それはたいそう青臭く、中々人に相談できるものではありません。
栄光の果てに地獄を見た。そして再起して走り出した僕の経験を少しでも悩んでいる人に届けられたらいいなと思ったのです。
その栄光も地獄も、もしかしたら大したことないのかもしれない。
変な話、僕は上も下も知っていると思っています。幸福なことに一流とやり合ったり、ともに汗を流すことも多かった。私はそういう自らの主観的な幸と不幸を信じています。高いレベルで戦っている人にも、挫折して沈んでいる人にも手を差し伸べられるのが僕なんじゃないかと。
幸いなことに、私は縫い付けられた扉をこじ開けることに成功しました。
今はまだ何者でもないですが、色んな夢の欠片を取り込むことができている。
本当は引っ込み思案でオタクでコミュ障なのですが、一度どん底を見た自分だから救える人がいるのならと、それなりに勇気を出して気持ち悪い文章を書いています。押し付けにならない程度に、スポーツ経験×FP(金と将来)の価値を届けてみようと思いました。
部活やスポーツでも、何だって終わってからが本当の勝負。プロ選手だっていつかは終わりを迎える。学生もいつかは。
ーー終わってからも続いていく人それぞれの物語を支えるために
AD(Additional)TIMEというサイトを立ち上げました。
2.筆者の経歴と専門性

幼少期からスポーツ漬けの毎日。あえて誇張しますが、親の二人三脚で練習してきたプロ野球選手のような生活をしていました。本当は自慢行為が大嫌いなのですが、信頼を得るためにもう少し深く書きましょう。
・高校時代は部の黎明期を支え、創部初の県大会優勝や全国大会出場などの実績をあげる。
・ネットで調べれば自分の活躍した記事が出てくる。
・地元新聞なら何度も自分の写真が掲載されている(全国紙にも何度か)
・推薦や特待の話もあったが全て断った。
・大学で競技転向後も全国大会準優勝を経験(試合出場)
・大学では高校程の中心メンバーではないものの、それなりに目立つ活躍をした
正直、死ぬほどチームを救っていますが、それ以上にやらかした回数も多い(笑)
突出して上手かったわけではないし、体もデカくない。正直こんな実績ひっさげるのも恥ずかしいぐらい下手くそな2流・3流レベルの選手。だけどメンタルだけは1流だった自信があるので、要所では活躍できました。
それでも努力はしてきたし、一流とぶつかって挫折もしたし、辛酸をなめさせた経験もあります。過程だけならちゃんとアスリートの道を辿ってきました。ただ根が萌え豚オタクでスポーツに関心が向かなかった人間なのです。
そして勉学に関しては自己紹介の通り。
この生活の中で地獄のような文武両道を徹底し、某大学へ合格しました(大学言うと身バレしそうだから今は×)今も仕事と両立しながら勉強や研鑽をしています。
・朝夕自習室で勉強。
・登校・トイレ中も勉強。
・部の中で一人だけ受験に向けて勉強していた。
・部活中も手に書いて単語を覚えていた。
・上級生のいじめに耐えて泣きながら勉強。
・寮に入って生活して勉強していた。
そして現在は金融業界で働きながら勉強中。
お金のプロになるために、そして自分の将来のために。いつかは自分で事業を立ち上げて成長するために、今はFP1級を目指して勉強中です。
あとは挫折や燃え尽き症候群などの経験もですかね。
それとブログを書いたりするのもかな。
こんな自分の経歴を生かした記事を更新します。
3.解決できること

例えばこんなこと。
・将来の考え方。
・部活動の悩み。
・お金や夢の話。
・アスリートとしての生き方。
・成功のメンタル。
そういったことに対し、経験則と私の知識でお答えします。
5.SNSと問い合わせ先
SNSでも問い合わせでも、何か私にできることがあれば気軽に相談してください。私を壁だと思って。
友達いないので漏らす心配もありません。
今のところは会社員の身ですし、お金を取ろうなんて考えていません。今後生業として昇華していくのなら、事業化の方向へ進むかも。でもそれはもっと先の話。
余談ですが、私の完全趣味ブログも覗いてみてください。
・おたたびのススメ△(アニメなどサブカル系)
・とうかいのススメ△(歴史や自然の旅)
では、ありがとうございました。


